2018年9月某日
 暮れ合いの空気が辺りに漂う頃、広島空港を出たバスは山陽道を西へと走っていた。乗用車やトラックが「お先に」とばかりに、次々とこのバスを追い越していく。
 その様子をぼんやり眺めながら、僕は青赤の現状を慮っていた。夏場から不調が続き、上位2チームとの差は開く一方で、下位との差はどんどん狭まってきている。何せゴールが遠い。リーグ制覇どころか3位の座も危うくなってきた。しかも本日の対戦相手は、今まさに首位を走るチームだ。19時のキックオフには余裕で間に合う時間だったが、内心では少々やきもきしていた。
 すると志和IC付近で、バスがやおら減速した。しばらくして、玉突き事故の現場を視界に捉えた。ともあれ怪我人はいないようだ。バスはその脇を注意深くすり抜け、再び加速を始めた。

 ようやく中筋駅に到着し、僕らは急ぎ足でアストラムラインに乗り換えた。しかしこちらの逸る気持ちをよそに、電車は実にのんびりと進んでいった。車内には多くのサッカー客に混じって、カープのユニフォーム姿もちらほら見られた。どうやら少し前に、本拠地でタイガースに大敗したらしい。優勝マジックは「2」のまま、今日は足踏みのようだ。
 車窓に映る低い山々の連なりと、裾野に広がる無数の家々。その地勢にゆっくりと夕闇が重なっていく。その景色を眺めているうちに、僕もなんだか黄昏れてしまった。今日が駄目でも「明日」がある、そんなカープファンが羨ましく思えた。
 
 終着駅から見上げた先には、スタジアムの大きなアーチが聳えている。ただ、そこまでにはひたすら長い上り坂が続く。この坂が何気にしんどい。連れはこちらに向かってブツブツと文句を言ってくる。僕はそれに生返事で返す。その徒労に徒労を重ねる非生産的な応酬は、しばらく続いた。そしてようやく到着というところで、紫色のゲームシャツをまとった地元の子供たちが、僕らをひらひらと追い抜いていった。
 スタジアムにはすでに照明が点されていた。ピッチ上では両チームの選手達がウォームアップに余念がない。ビジタースタンドの後方には、月がぽつんと輝いていた。
 メインゲート前には、ホームチームの選手たちの姿を模した等身大の看板が並んでいた。いわゆる「顔ハメ看板」というやつだ。多くのホームサポーター達が顔を嵌め、おどけた表情をカメラに納めて愉しんでいた。その一番端には、仰け反ってガッツポーズを取る敵将の看板もあった。それはかつて、「こちら側の」テクニカルエリアで度々見せていた、熱い瞬間だ。その懐かしい姿に、つい僕らもおそるおそる顔を嵌めてみた。が、写真に納まった互いの表情は、どちらも異様にぎこちなかった。周りを囲むホームサポの視線が、ちょっと気になっていたからかもしれない。
 試合開始早々、青赤の9番が右サイドを突破した。そして素早く放ったグラウンダーのクロスに、この夏甲府からやってきた13番の「フィニッシャー」がドンピシャで合わせるも、ボールは惜しくもポストを叩いた。いきなりトップギアのブラジル人コンビに手ごたえを感じた我らがアウェイチームは、これまでの不調を拭い去るかのように、その後も積極的に仕掛けた。しかしホームチームも伊達にここまで首位を走っていない。青赤の攻撃を凌ぎながら、隙あらばリーグ一頑健なブラジリアンFWへとボールを放り込んできた。そして18分、最も警戒していたこの屈強なストライカーに、セットプレー崩れのクリアミスから強引にねじ込まれてしまった。先制点を奪った首位チームは堅い。そのまま時間が経過し、前半終了の笛が鳴った。ハーフタイム中、こちら側のスタンドにはどんよりとした空気が流れていた。

 しかし後半、今度は左サイドを抉った9番が一瞬タメを作って、中に折り返した。そこへ走り込んだ13番がすかさず右足を振り抜くと、ボールはGKの左手を弾いて、ゴールの内側へと転がっていった。いつものような「仕上げの」ゴールではないが、起死回生の同点弾だ。三試合ぶりの得点に、青赤のスタンドは一気に色めきたった。
 だが結局、そこからスコアが動くことはなかった。
 広島の繁華街に着く頃には、時計は既に22時を回っていた。キリンビールの大きなネオンゲートの先には、濃密な流川の夜が煌めいていた。
 薬研堀のとある店で、山椒が香る汁なし担担麺に舌を痺れさせながら、今日の試合をつらつらと思い返した。まあエンパテではあったけど、内容は徐々に上向いている気がする。今日が巻き返しへの第一歩になれば ——
 行きの道中に比べれば、幾分かポジティブな気分になっていた。山椒がピリッと効いたのかもしれない。
 宿のほど近くにはマツダスタジアムがあった。深夜、コンビニついでに周辺を散策していると、赤い身なりの人々が闇の中でひっそりと列を成していた。夜が明ければリーグ優勝を賭けた決戦の時がやってくる。その緊張感を横目で見ながら、やはりこの町のアイデンティティは「赤」なんだな、とつくづく思った。「紫」のユニフォームも相当頑張ってはいるのだが。
 そうしてデルタの町の夜は更けていく。

***


 翌日、せっかくだからと宮島に足を運んだ。あなごめしの名店で頬を綻ばせた後、連絡船で厳島へ渡った。島内のあちこちを歩き回りながら、ときおり焼き牡蠣や揚げもみじに歩を止めた。ちなみに揚げもみじの店を、連れがずっと「べにばどう」と連呼していたことは、彼女の名誉のためにもいちおう内緒にしておく。
 厳島神社は参拝の長い行列ができていた。がらんとした千畳閣の佇まいには秋冷を覚えた。地元民ならぬ地元鹿たちはそこかしこで、小煩い訪問客を手慣れた様子で適当にあしらっていた。
 午後、広島市内に戻ると、赤いキャップやユニフォームを身に着けた多くの人々が、いよいよといった様子で辺りをせかせかと行き交っていた。この町の隅々までが歓喜に沸き上がるであろう数時間後、その瞬間に是非立ち会ってみたいとも思ったが、残念ながら帰りの便にはとても間に合わない時間だ。
 空港へ向かう前に、少しだけ平和記念公園を訪ねた。園内にある小さなバラ園をのぞくと、植え込みの側で、一匹の黒猫が昼寝をしていた。おそらく数年前、米大統領の訪問時に、しれっと接近を試みてちょっと話題になった、あの黒猫だ。こちらに気づいて一瞥をくれたが、素知らぬ顔でまた、悠々と夢路に戻っていった。
 その泰然とした姿は妙に神々しかった。どうかいつまでもお元気で。
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